2009年04月18日

お金って本当に不思議!

バタバタしているうちに、海外出張まであと数日!!になってしまいました。

慌てて今日、US$を買いに行ったのですが、銀行に間に合わず、郵便局へ滑り込み!
(ネットで調べたら16時まで取り扱っている郵便局の窓口が合ったのです。
でも・・・今改めて調べていたら、なんと、銀行、じゃなくても、外国為替センター?みたいなモノがあって、15時以降でも、土日でも開いているのですね!便利!海外久しぶり過ぎてすっかり勘違いしていました〜)

そんなわけで、US$を購入したわけですが、窓口の方に、「枚数を確認してください」と言われ、枚数を数えているうちに、不思議な感覚になりました。


というのは、私にとってはUS$は普段使い慣れないものです。

ドルも久しぶりに触るから、なんというか、とってもおもちゃっぽく、ただの紙、あるいは、人生ゲームのお金となんら変わらないように見えたのです。

ですから、1ドルも、10ドルも、20ドルも、数えていても、あまり、リアリティがないのですよ。

同じ、というか。

100$は使い勝手が悪いので買いませんでしたけど、仮に100$を触ってもそうだと思います。

1ドル札を数えるのも、100ドル札を数えるのも、私にしてみたら、「紙の数を数えてる」感覚。

でも、アメリカの方にとっては、全然違う感覚なわけですよね。1ドル紙幣を数えるのと、100ドル紙幣を数えるのとでは。

そして、みんなこの、「紙」のために色々悩んだり、困ったり、喜んだり、必死になったりするわけですよね・・・。


昔、「パパラギ はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集」という本を読んだ時、
それから最近ですと、「お金のいらない国」という本を読んだ時、

「お金を知らない人にとってお金がどれほど不思議に見えるか?」

ということを、文章で読みましたけれど、
でもそれはやっぱり文章で、人の体験で、想像しようとしても、いまいちリアリティーに欠けていました。

でも今日、ふと、「お金を知らない人が初めてお金をみて不思議と思った感覚」に近い感覚になりました。リアルに「不思議だわ〜」と感じました。(US$を触っていて)


別に、お金が悪いとか、良いとか、そういうことではなくて、本当に、この、紙で、色んな食べ物と交換できたり、するのって不思議だなぁ〜と純粋に「不思議・・・」と感じたのです。

さらに、万が一、万が一、アメリカに何かがあって、US$が破綻してしまったら、私が今、いくらUS$を持っていても、「日本円に変えてちょうだい!!」と叫んでも、それは無理で、ただの紙切れになってしまうんだよね・・・と、そう思ったら、さらになんとも不思議な感覚になりました。


で、これは、同じ事が、日本円にも言えるのですよね。

私は日本人で、日本円をいつも使っていてそこに価値を感じているから、1万円札と千円札だったら、1万円札の方が嬉しいと思うし、ありがたみ(!?)を感じてしまいますけれど、

多分、他の国の人にとってみたら、1万円札も、千円札も、ただの紙にしか見えなくて、むしろ、「私、水色好きだから、こっちのがキレイで好きだな〜」とか思っちゃうのかもしれません・・・。

1万円札をみても、私が100$札をみて「ふーん」と思うのと同じような感覚なんでしょう、きっと。

すごく不思議です。

本当にお金って、人工的なものなんだなぁ〜と感じました。


多分、今日US$をみて感じた「不思議」という感覚はお金をニュートラルにみている感覚だと思うのです。
なので、「この感覚」をいつも忘れずに持っていたいな、と思いました。

※どうしてもこの感覚をリアルに書き残したくて、なが〜くなってしまいました・・・(−−;
最後まで読んでくださった方がいらっしゃったとしたら、ありがとうございます!

タグ:外貨 郵便局
posted by 3Way at 00:13| Comment(0) | お金・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月21日

不況と社会と人体と〜不況は明るい未来への途中?!〜

世の中不況、不況、と不況ムードが深まっていますね。

でも・・・不況、と言って慌てて、焦っても何も解決しないのだったら、
あんまり不況、とかそういうことを意識せず、
焦らず、慌てず、淡々としている方がいいんじゃないかな?何て思ってしまいます。

例えば火事が起きたときだって、
「ひゃー!火事だ〜〜!!」
と騒いで、慌てて、焦ると、冷静な判断が出来ず、逃げ遅れたり被害を大きくする気がします。

でも、「おやおや、火事だ。えーと、火の元はどっちかな?風はどこから吹いているかな?」
と冷静に状況を把握し、淡々と判断し、行動した方が、被害を小さくとどめられると思うのです。

まぁとは言え人間ですから、「ひゃぁ!」と驚きますし、動揺するし、焦るのが当然の反応だとは思います。(私なんかも驚きやすいし動揺しやすい人間ですし)

でも、そうなったとしてもその感情や、気分、世の中の雰囲気にのまれるのではなく、
「まてよ、ところで、何が困るんだっけ?
何が起こっているのかな?
何をどうすればいいのかな?」
と、なるべく冷静になる、第三者の視点で俯瞰する、そんな意識を、意図的に持つようにすると、惑わされずすむんじゃないかな?なんて思います。


「物事にいい悪いはない。そこに善悪の判断をする自分の心があるだけ」
と、良く色んな本に書いてありますが、多分本当にそうなんだろうな、人類の歴史とか、地球の誕生とか、宇宙の大きな視点とか、まぁ「自然」といいますか、そういう視点から見たら、本当に善悪の価値判断なんてなくてただの出来事なんだろうな、と思います。

そして、物事にいい悪いはない、ということは逆の見方をすると、
物事には、いいも悪いも両方ある、とも言えると思います。

だとすると、事実を事実として淡々と見ていると、きっと、自分にとっていい面を、自然と見つけ出せるような気もします。


私個人は、こういう風に世界的な不況だ、大恐慌だ、となることで、私もそうですし、多くの人が、「なんか、今の社会の仕組みおかしくない?」と、今まで目を背けていたことにちゃんと目を向けて、考える機会なんじゃないかなー?と感じているので、
確かに大変な時もありますが、でも、なんだか、良い風に変化する前のステップ、と感じられるので、実はほんの少し、ワクワクしています。

本の紹介ブログ
で書いた本なんですが、「お金のいらない国」と言う本を最近よんで、なるほど、とある部分とても共感しました。

『お金のいらない国』長島龍人著


なんだか今、そっちの方向にどんどん向かっているように感じられてなりません。

そうだとすると、とっても未来は明るそうで、楽しみだな、と思うのです。

※お金のいらない国の話は、このページからも一部読めます。


■追加

お金のいらない国、という本を読んで、私は、
「今の私たちの社会は、すごくお金に頼っているなぁ」と気づかされました。

そもそもエンデの遺言―「根源からお金を問うこと」
と言う本を大学時代に読んで、「なんか今の世の中や、お金の存在は少しおかしいのかも!?」と感じ始めたのですが、
「お金のいらない国」を読んだり、
この今の不況、といわれる世の中を見て思うのは、
「お金」に頼りすぎているのではないか?ということです。(社会の仕組みそのものが)

最近、野口整体というのを体験し、野口整体の創始者の書いた本風邪の効用 (ちくま文庫)
を読み、深く共感することがあったり、

昨年、自然王国というところで農作業をほんの少し体験させていただく機会があったりしました。

子ヤギちゃん
yagi.jpg

それらの中で感じたことが統合されて、今思うんですが、

人間、というか、「生命(いのち)」というのはもう本当にすばらしくて、
それだけで、ものすごい力があると思うんです。

「自然治癒力」という、治ろうとする力を見てもわかります。

怪我をして、血が出てかさぶたになったところが、時間が経てばキレイな肌にもどるって、ものすごいことだと思います。

骨を折っても、ほっておけば、ちゃんとくっつく。

冷静に考えるとものすごいことです。

また、私は飼っている小鳥用に、時々豆苗(とうみょう)を栽培するんですが、
豆苗栽培の最初の種は、カラカラに乾燥したえんどう豆なんです。
それを、水につけて、ふやかして、ザルの上に置いておくと、
ちゃんとグングン芽が出るんです。

カラカラの豆なんですよ!
一見すると、死んでいるように見える豆なんですが、そこにある生命力は本当に驚愕です。

最初の豆の状態。
CA3A0098-0001.JPG

水に浸してふやかして、ぬらしたガーゼをかけておく
~TS320059.JPG

すると2〜3日で芽が!!
~TS320074.JPG

グングン伸びる
伸びたとうみょう

蛇足:食物連鎖
食べる小鳥2

そして、私たち人間のカラダも、そういう、生命力の塊でできていると思うのです。

ですから、シンプルに、動物としての人間を考えた場合、本当は、病院に行かなくても、ちょっとした病気や怪我は自力で治せるんですよね。(※でも私含め今の人たちは自然治癒力が弱っていると思うので、今の人たちにはケースバイケースで病院やお医者さん、西洋医学も必要だと思いますけど)

という風に観ていくと、現代と言う時代は、人間が生きるのに、本当は自分の力で生きられるものも、自分以外に頼らなくては生きられなくなっている・・そういうのがどんどん進んでいる時代なんじゃないか?
それがあまりに行き過ぎたため、今、その弊害が出てきて、「なんかちょっと方向が間違っているかもしれませんよ、
ここでちょっと方向を今一度見直したほうがいいかもしれませんよ」
という、現象が起きている、それが今の不況とか、今の時代のいろいろな「問題」なんじゃないかな?と感じられます。

自然界は再起構造(フラクタル)で溢れています。
(再起構造とは、同じ構造が繰り返されている構造のこと。このページ、分かりやすいです。)(フラクタルとは?⇒wikipediaはココ)

そう考えると、社会も人体のように考えることが出来ます。

とすると、人体でも、間違ったからだの使い方をしたり、へんなものを食べると、具合が悪くなったり下痢したりして、一生懸命正常に戻ろうとするように(それが病気、とかですよね)

社会を人体と考えると、今の社会は、ちょっと無理な姿勢を続けていたことで、具合が悪くなっている、と言う風にとらえることも出来ます。

で、具合の悪い症状が、「不況」とか、あれ、とかそれという、「問題」と、とらえることも出来ます。


ですからなにがいいたいかというと、

不況、というのは、「社会が具合が悪い症状」ととらえるならば、
人体に例えると、体調不良の原因に気づき、生活を改め、より健康な体になるための、いい機会と、とらえることができるのではないか?ということです。

そして、人体の具合が悪いのと同じで、根本原因をみないで、クスリで症状が消えればOK〜!と言う風に、対処療法を繰り返していたら、いつか大きな病気になって死んでしまう、ように、
社会に関しても、対処療法ではなく、根本原因を考えて、対処することが大事だと思います。

さらに、社会=人体と見るならば、私たちひとり、ひとりは細胞なワケで、だとすると、あの人たちだけがやればいいとか、誰かがやってくれればいい、誰かのせいだ、ではなく、細胞一つ、一つ、自分ひとり、が、意図を持って活性化することが、大事だと思います。


・・・・。

最近、メディアで不況、不況と騒ぎ立てていることに、さすがに嫌気がさし、少し物申したい、と思ったところ・・・なんだかすっごい長くなってしまいました。
青年の主張のようです。

ココまで読んでくださった方がいらっしゃるか、不明ですが、
こんな、清書もしていない書きなぐりの長文、最後まで読んでくださった方がいたとしたら、どうもありがとうございます。

書いているうちに熱くなってしまい、ちょっと過激な表現や偏った表現があるかもしれません。不快にさせてしまったらごめんなさい。ふらふら

posted by 3Way at 15:08| Comment(4) | お金・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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