2009年06月27日

人と会うことは、

昨日の夜しみじみ思ったこと。

人と会うことは、自分と会うことだ。

人と話すことは、自分と話すことであり、

人の話を聞くことは、自分の話を聞くことである。


ということは、逆もまたしかりで、


自分と向き合うことは、人と向き合うことであり、世界と向き合うことである。

自分を知ることは、人を知ることであり、
人を知ることは、自分をしることである。


常に、透明な心で、誠実に、まっすぐ人と向き合える人間でありたい。

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2009年04月17日

耳を澄ませば:受け身の面白さ

いつの日記で書いたかは忘れましたが、
今年は情報断食をしよう!と決めていました。

「書を捨てよ、街に出よ」
「Don't think,but feel」

という感じで、知識を沢山入れて頭でっかちになるのではなく、
体感する事、
感じること、
自分の内側に問う事、
に今年は重きを置こう、と思ったのです。

でも、この断食はフレキシブル(柔軟)な物なので、一切本を読まない!という事ではなく、
一つルールがありました。(私の中で)。

それは、
「人から薦められたり、向こうからやってきた物は、受け取る」
ということです。

自分から、捜しに行く事、取りに行く事はしませんが、
誰かが「いいよ」って勧めてくれたり、
「これ読みな」と渡してくれた物、
それから、「最近この人のお話を沢山聴くな。この本のタイトルを沢山目にするな」と言う時は、受け取ります。

そんな感じで4ヶ月が過ぎたわけですが・・・

すっごく面白いなーと思います。

とってもタイムリーな情報が、どんどん入ってくるんです。

あとは、まったく違う人から、同じ本、同じ著者の方の名前を聞いたり・・・
はては、その方(著者の方)とお会いすることになったり。

そして、そういう情報というのは、期待せずに読むのですが、どれもみんなすごくタイムリーで、
すごく、必要、なモノばかり。


なんだか、自分から情報を取りに行っていた時より、情報の精度が上がっている気がします。

それで思ったのが、実は、今までもこういう、情報は沢山来ていたけれど、
自分から探しに入ったり取りに行っていると、向こうから来る情報に、気付かない(時もある)ということです。

向こうから来る情報、というのは、すごく、微細な感じがします。(感触として)

それは例えば、小鳥のさえずりや、
緩やかな波とか、
そよそよした風のような感じ。

そういう、微細な繊細なメッセージは、実はいつだって向こうから来ているのだと思います。

しかし、自分がガリガリしていると、
それは、モーターボートでドルルルルーと走ったり、
ジープでドルルルルーと走りぬけるような物ですから、
小鳥のさえずりや、
穏やかな波、
そよ風を、かき消してしまって、聴こえなくなっている状態なのじゃないかしら?と思いました。


微細なメッセージでやってくるのは、多分情報だけではなく、もっと色々な物があるような気がします。

この方向はすごく面白いので、このまま、耳をすませるスタイルを続行しようと思います(^^)。

こう言うテーマを考える時、いつもユーミンの「やさしさに包まれたなら」が頭の中を流れます。


小さい頃は神様がいて(中略)
目に映る、全てのことはメッセージ♪


という歌。

これ、「耳をすませば」の歌かと思ったら、「魔女の宅急便」の挿入歌なのですね。(^^)


追加:
※向こうから来る情報、というのは、何かメッセージが聴こえる!とかそう言うことだけではなくて、
違う友達から同じキーワードを何度も聴く、とか、
ポスターでもその本が載っている、とか、
そういうこととかも含みます。

でも、自分がガリガリ自分から前のめりだと、以外とそういう偶然、とかメッセージに、気付かないのですよね。心にゆとりがないと。


posted by 3Way at 19:50| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月07日

歳を取ることと、雑魚マインド

22歳〜26,7歳ぐらいの間の私は、ほんとに毎晩、毎晩、
毎日、毎日、何かしらの集まりに顔を出していたような気がします。

しかし、ある時から、仕事が忙しくなったことや、
なぜか、大勢の新しい方とお会いすることに少し、疲れてしまった時があり、
「歳を取ったのだわ〜」なんて思いつつ、
「大勢の方が集まる場」には以前のように積極的に顔を出さなくなりました。

なのでこの間の日曜日は本当に久々の「沢山の方が集まる場所」でした。


久しぶりに行ってみて、なんかすごく、自分の心が歳を取ったことを感じました。

心が、というか、姿勢が。


前はもっと、良くも悪くも前のめりで、
とにかく、社会が新鮮で、何でも知りたい、吸収したい!!好奇心!!
の塊だった気がします。

だからそういう気持ちに素直に、恥もなにもなく、ストーンと行動していたことに気づきました。


しかし、今は、うまく言えないのですが・・・
なんか、守りに入っている心に気づいたのです。

「無知って思われたら恥ずかしい」
とか
「もう6年も独立してるのにそんなこともやってなかったんですか!?
知らないんですか!?と思われたら恥ずかしい」
とか・・・

まぁ色々と、

大した人間じゃないのに、大して歳も取っていないのに、

なんかこう、守りに入っている自分を感じました。
(久しぶりの場だったので、若い頃の自分の姿勢と顕著に比較できて、
余計に「あの頃は、もっと無鉄砲に(←良くも悪くもですけど)
何も怖れていなかったよな〜」と
思ったのです)


こうやって人は、自分で、自分を制限して行くものなのかも・・・と思いました。


「こう思われたら恥ずかしい」
だとか、
「失うものがないとかあるとか」
そういうのって、

大モトをたどると、結局、自意識過剰なわけで、

結局自分ラブ、(しかも偏愛的)なマインドがなせる業だ、と思います。


そしてそれって、とにかく小さい、小さい、と思います。

いい悪いではなく、事実として、
小さいしどんどん、つまらない方に行ってしまうと思います。


私は高橋歩さんの本が好きなのですが、
確か本の中に書いてあった言葉を思い出しました。

※以下引用。何度読み返してもシビレル本だなぁ・・・。

永遠に雑魚であれ。

名声、地位、財産の大きさと人間の大きさは比例しない。
小さな成功におぼれ、どっぷりとしたお腹を抱えてふんぞり返った人々に成長はない。

守りに入った途端、成功は重荷に変わる。

昔、「あんなふうにはなりたくない」と思っていた大人になってしまわぬように。

築き上げては壊し、築き上げては壊し、

肩書きに頼らず、今の立場を守ろうとせず、

ひとりの人間として、無限に成長し続ける生命体として、
WILDにHUNGRYに死ぬまで自分を磨き続けたい。

『SANCTUARY』高橋歩・磯雄克行著 サンクチュアリ出版



「22歳で、店が4店舗まで広がって、マスコミに取り上げられるようになって、
世の中からも、友達からも、すごい英雄扱いを受けた。
世間からの賞賛にも驚いたけど、それで天狗になっている自分にも驚いたよ。

ふと気づいたら、『こんな奴にだけは、なりたくない』と想っていた人間が、そこにいたからね(笑)」


『Adventure Life 〜愛する人と、自由な人生を〜』高橋歩著 A-Works



まぁ私は、別に地位も名誉もあるわけではないのですが、
それでも、年を取って、色々と経験すると、知らないうちに「守り」に入ってしまう。

そんな自分に気付いて愕然としたのでした。
(って、別に周囲の方はなんとも想っていないと思いますけど。
私の中で勝手に、守りに入っている自分に気付いた、という話なので・・・)

ただ、それは私の望む方向ではないので、気付いた今からまた、
そんな小さな自己愛、偏愛は捨て、
「雑魚マインド」を取り戻し進んでゆこうと思いました。

(実は最近のテーマは「自分を捨てる」なのです。
とても長くなったのでそれについてはまた後日書こうと思います。)

↓大学3年時に読んで衝撃を受けた本。
 今読み返してもよい。サンクチュアリ出版の本の中で一番好きかも・・・。激しくオススメ。
しかし、今すぐ会社辞めたくなる人とかいて危険かも知れない本(笑)。



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