2011年06月27日

2010年の振り返りと2011年の抱負(今頃笑)

久々のブログです。(最近、いつも書き出しはこれです(汗))。

先日(といっても実は数ヶ月も前だったのですが!)
ある方から、メールを頂き、
「フクモトさんの2010年の1月1日の日記を読み返して・・・」と書いてあったので、
何を書いていたのかな?と思い、読み返してみました。

2010年1月1日のブログ

「来年は、もっともっと、日本という枠を超え、「地球」という視点で活動したいと思っています。
(竜馬の時代、「藩」が今の国みたいなものだったのに、龍馬は「日本国」という視点で見ていたように・・・)」


だとか、

「今の時代というのは「分離」が行くところまでいってしまっている時代だと感じています。
デカルトの近代合理主義(二元論?!)を発端に、いつのまにかあらゆるものと分離している。あらゆるところで分離が起きている。
文明が進むにつれ、自給自足からどんどん分離して、自分の生活を支えてくれるもの(衣食住の供給源)と自分の生活が分離している。それから、自分の魂と自分との分離。隣人との分離。自然との分離。

でも、本質の自然のルールとしてすべてはつながっている。(食物連鎖とかわかりやすい)

本質からずれていると、問題が起こる。
分離は、本質からずれていると、私は感じます。」


だとか、

「ではどうするか?
分離の逆は、統合です。
2010年は統合の年だ。と、勝手に思っています。

統合、つまりつなげるということ。私の仕事は、「伝える・つなげる」が軸です。
2010年は、もっともっと、つなげていきたい。つなげる対象、フィールドをもっともっと広げたいと思っています。

伝えることを通して、国内、海外、個人、法人問わず、人と人、人と法人、法人と法人、人と社会、社会と社会、地域と地域、地域と人、ココロとカラダ、あらゆるものをつなげたい。

幼稚な発想かもしれませんが、誤解なくちゃんと伝え、分かり合うことができれば、人は本当につながることができて、そして、そこには争いの無い世界が待っているのではないか・・・と思っています。」


などなど、1年半経った今の自分が読んでも「うんうん、そうですよね〜」なんて同意しちゃう内容を書いていました。
驚き。

では、2010年実際どういう年だったか?というと、
3ヶ月かけてカミーノ巡礼を歩き、世界中の巡礼者と出会い、語り合ったことで、
昨年の日記の冒頭に書いてある
「日本という枠を超え、「地球」という視点で活動したい」
に少し近づけたと思います。

カミーノの体験やそこで学んだ事はおいおい書きたいと思っていますが(といって、どんどん時間が経っているのですけど)
海外、地球関連で言うと、

■本当に、人はみんな同じなんだ、と感じた。
 →オーストラリア人の友達が、「オーストラリアにはいい男がいない。いい男はみんな相手が既にいる」と嘆いているのを聞いたり、他にも仕事のこととか、お金の事とか、家族の事とか、自分自身のこととか、人生の事とかを世界中の巡礼者と語り合い、
彼らの悩みを聞いて、しみじみ、「結局、肌の色も目の色も、国籍もしゃべる言語も関係ない、人間って、みんな同じじゃん!」ということを、肌で感じました。
もう、何人(ナニジン)という時代は古い、強いて言うなら「地球人☆」という時代だと、感じました。

■やっぱり私は日本人。日本を自慢できる国にしたい。
 →逆説的ですが、「ウィーアーみんな、ファミリー!地球人☆」と感じると同時に、やはり、自分は日本人である、ということも強く感じました。
と言うのは、巡礼路は歩いている日本人がまだ多くない事もあり、私が日本人である事を知るとみんな、「日本ってこうなんでしょ?」「日本って、こういうふうなの?」「日本って・・・」「日本って」「日本人はこういうときどうするの?」など、日本について、東京についての質問を沢山浴びせかけてくるからです。
これにより、やはり私は日本人であるし、日本は私の母国である、という事を感じました。

それから、チェコ共和国やスロバキアの巡礼仲間からは、「日本ではお米を食べるんでしょう?私、いつか日本に行きたいけど、パンを食べずに我慢できるか心配なの!」なんて、ビックリ発言が出てきたりして、日本はアメリカの方向は向いているのかもしれないけれど、世界に対しては本当にちっとも適切に情報発信ができていない、(企業で言うならPRが下手)なのだな、と感じさせられました。

そして、「もっとちゃんと日本を伝えたい。”TOKYO”以外にも日本にある素晴らしい場所を伝えたい」と言う想いが自分の中に芽生える事に驚きつつ、「やはり私は日本人なんだな。日本は母国なんだな」なんて思ったりしたのです。

なんだか話がそれてきました(汗)。

とにかく、昨年はカミーノ(ヨーロッパの巡礼路)を歩いた事で、
・世界中に友達ができた
・英語力が向上した
・世界の視点から日本を見れるようになった
・日本への母国愛に気づいた

等などの事がありました。

さらに、「つなげる」とか「未来の社会」に関しても、カミーノから沢山を学びました。

というのは、カミーノは不思議な場所で、私が感じたカミーノの特徴としては、

・カミーノには「所有」という概念が薄い
・カミーノには「分かち合い(シェア)」がある
・カミーノには他人がいない。出逢った巡礼者は皆仲間
・カミーノでは、「過不足」がない。
 →巡礼者は自分が背負える荷物しか背負えないので、「必要以上」を欲しがらないのです。
 →また、カミーノには分かち合いが当たり前で、「所有」という概念がすごく薄く、さらにはスピリチュアルな不思議な道なので、
  必要なものは必ずどこかから与えられるのです。そのため、「不足して困る」ということがないのです。
  これは本当に不思議な体験でした。
・カミーノでは、個々人が尊重される。
・カミーノには一切のしがらみ、「しなくてはいけない」がない。
・カミーノには「ただひとつの正解」はない。人の数だけ、正解がある。
・カミーノでは人々は「違うのが当たり前(前提)」であり、それゆえ、お互いを受け入れ、尊重し合える。=多様性が受け入れられている
・カミーノでは自然(宇宙)と人がつながっている。
・カミーノでは、人と人がつながっている。
・カミーノでは、自分と、「自分自身(本心?ハイヤーセルフ?)」がつながっている。
・カミーノでは何の恐れ、心配もない。
・カミーノにはFaithがある。
・カミーノでは肩書きや年齢性別国籍は関係なく、誰もがみな、「一人の巡礼者」であり対等。

などを感じました。
(まだ書き忘れている事がある気もしますが・・)

そして、これら「所有ではなく、シェア」「他人がいない」「自然と人がつながっている(調和している)」「過不足がない」「個々人が尊重されている(=多様性)」「心配、恐れはなく、FaithとLoveがある」という特徴は、「理想の未来」の姿なのではなかろうか?
と思いました。

で。

私が巡礼から帰国する飛行機で思っていた事は、
「世界中が”カミーノ”になれば、世界はとっても素敵で毎日、毎日ハッピーで喜びに満ちあふれる状態になるのではないか?」
「世界中を”カミーノ”にしたい!今後の人生では、そのための活動をしよう!」
と、言う事です。

ちなみに、「世界中をカミーノにする、カミーノを世界に広げる」というのはもちろん、世界中を巡礼路にするわけではありません(笑)。
また、世界中にカミーノをプロモーションするわけでもありません。(それも手段のひとつとしてアリですが)

世界中を、カミーノのような、「所有ではなく、シェア」「他人がいない」「自然と人がつながっている(調和している)」「過不足がない」「個々人が尊重されている(=多様性)」「心配、恐れはなく、FaithとLoveがある」場所にしたいなぁ!そうなったらいいなぁ!という事です。

そのための道のりは長いと思いますが、カミーノと同じで1歩1歩あるくしかないので、1つ、1つやっていきたいと思っています。

まずは今日本にいますし、日本がビザや色んな点から一番やり易いので、日本で活動をしていきたいと思っています。

具体的に動き始めたら、ブログなどを通じて情報発信していこうと思っています。
そう言う事にご興味のある方、是非一緒に色々やりましょう〜!!よろしくお願いします!

なお、現在、有限会社3Wayではパートナーとして一緒にお仕事してくださる
フリーのコピーライターさん、ウェブデザイナーさんを募集しています。
上記のような世界観(?)に共感してくださる方で、フリーのコピーライター及びウェブデザイナーの方がいらっしゃいましたら、
ぜひ、info●003way.comまでご連絡くださいませ。
(●を@に変換ください)


なんだか凄く長い、内容てんこもりのブログになりましたが・・・
諸々を振り返れたのも、H.Fさんからのメールのおかげです。

今、カナダにいらっしゃるもう一人のH.Fさん、素敵なメールを、どうもありがとうございました(^^)。

posted by 3Way at 19:45| Comment(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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