2009年03月03日

豊かに生きる上で知っておくと良いこと。自分は預かり物という感覚

やはり、いろんな意味で豊かに生きるには、
「受けとり上手であること」
「自分のことを過小評価しないこと」

は重要だと思います。

しかし、
日本では謙虚は美徳とされています。
また、日本は恥の文化です。
さらに、今まで生きてくる中で、学校社会や、会社という環境で生きてきたことで、
「出る杭は打たれる。だから怖いから自分は黙っておこう」と言う感覚を、どこかで味わったことがあると思います。

これら3つのことが合わさり、自分のことを主張したり、
自分の能力をアピールするのが苦手、恥ずかしい、と思う人は結構たくさんいると思います。

そして、真面目な人、謙虚な人ほど、「イヤイヤ自分なんて・・・」とか自分のことを過小評価してしまいがちです。
そうすると、本当の自分の能力に合った活躍はなかなか出来ませんよね・・・。
そうすると当然、自分としては消化不良だし、収入だって満足できないかもしれません・・・。

というわけで、
自分の能力を発揮して生きて生きたい、
自分らしく生きて生きたい、
と思う人は、どこかでその壁(恥ずかしいとか、謙虚とか)を乗り越える必要がでてくると思います。

私自身、独立して今年で6年が経つわけですが、その間、ずーっとこのことで悶絶していました。

私の周囲にいる、受け取り上手の人に聞くと、「え〜褒められたら嬉しいじゃん。だからただ素直に受け取ればいいだけだよ〜」といいます。

・・・アドバイスはありがたい。しかし、素直にただ受け取れたら苦労しません(笑)。
やはりこういうのは、天然にできる人に聞いてもあまり参考になりませんね(笑)。
長島監督が「打率を上げるにはどうしたらいいか?」という選手からの相談に対して
「ボールが来るでしょ、そしたらバッドをパーンと振ればいいんだよ〜!」とアドバイスする、
と言う話がありますが、まさにソレですよね。

まぁとにかくそんなわけで、長年悶々としていたのですが、

「どうしたらあらゆる面で受けとり上手になれるか?」
「どうしたら自分を過小評価せず、等身大の評価をできるか?」
「どうしたら『恥ずかしい』と言う気持ちを乗り越えられるか?」
「どうしたら『出る杭になって打たれたら嫌だなぁ』を乗り越えられるか?」

について、最近やっと分かったことがあります。

それは、「『自分は全て預かり物である』と知ること」です。

つまり、「容姿も、能力も、カラダも、性格も、友達も、親も、ぜーんぶ、自分と言う資源は、
ぜーんぶ、天からの預かり物と知ること」です。

天の神様がいるのかどうかは置いておいて、とにかく、
天から、
「あなたにはこの『資源(肉体、容姿、能力)』を貸してあげるから、
自分にとっても周りにとっても良いようにたくさん使ってね!」

と貸してもらっているものなんじゃないか?とふと、感じたのです。最近。

で、恥ずかしいとか、謙虚と言う気持ちも、「自分のもの」と思うから生まれると思ったのです。

分かりやすい例として、家族。

外国では当てはまらない場合もありますが、特に日本では、自分の家族は謙遜する風潮がありますよね。

特に分かりやすいのは、夫婦だと思います。
他人の前だと、自分の旦那さん(あるいは奥さん)のことをあんまり自慢せず、謙遜します。
なのに、旦那さん(あるいは奥さん)の実家の前だと、褒めます。

あるいは、人の子どもを預かっているとして、近所に散歩していたら周りの人に、
「あら〜可愛い子ね〜」と褒められたら「ね〜すごく可愛いわよね。○○さんちのお嬢さんなのよ」と言うでしょう。

しかしもし、同じ子どもが、自分の子どもで、同じシチュエーションがあったらどうでしょう?
変な遠慮や謙遜が入るのではないでしょうか・・・?

でも、それはなぜ?冷静に考えるととても変です。

それは多分、「自分のもの」「人のもの」と言う感覚が理由なんじゃないかと思います。


とするとです。
話を戻しますが、今の自分の才能と全く同じ才能を、もし、他の人(友達とか)が持っていたら、
どうします?

きっと、「○○さんは、こういう素晴らしい能力があるよね。これはきっとまわりに役に立つし、喜ばれる能力だと思うから、使わないともったいないよ!!」と言うこともあると思います。

でも、どうしてその能力を持っているのが自分だと、そうは思えないのでしょう?

それは、「自分の物」と思っているからなのではないでしょうか?

でも・・・

例えば野球のチームだと考えたら、剛速球を投げられるピッチャーがいたとしたら、それは、そのピッチャーの能力であると同時に、
チーム全体の能力ですよね。

資源ですよね。財産ですよね。

それを遠慮して使われなかったら困りますよね、チーム全体が。

「俺ばっかり目立ったら悪いし・・・」
「俺ばっかり登板したら他のピッチャーに悪いでしょう・・・」
なんて松坂が言ったり、イチローがいったら、噴飯モノですよね。
「何言ってんだよ、チームのためにしっかり頼むよ〜!」と言う感じですよね。


私たちは、野球の選手でもないし、サッカー選手でも無いけれど、でも、そういうことなんじゃないか、とビビーンと感じたのです。

私たちはみんな、この社会を構成しているチームのメンバーで、
私たちひとり、ひとりの能力、資質(容姿、カラダ、性格全て含む)は、本当は自分のものではなく、みんなのものなんだと思います。

たまたま、「私」が借りているだけで、そもそもは、みんなのものなんだと思います。


そういう風に心の底から感じられると、
自分の能力や容姿その他に対する、変な遠慮や、過小評価、恥ずかしいという気持ち、
出る杭になっちゃいけないんじゃ・・・という遠慮などは
なくなるような気がします。

そして、こういう風に心から感じられているかどうかを測る指標は、
多分、褒め言葉を遠慮や恥ずかしいという気持ちなく、
「ありがとう〜」とにっこり笑って受けとれるかどうか、だと思います。
(※すぐに出来なくてもいいと思います。
 長年の心のクセ、習慣はなかなか変わらないものですから、
 焦らず、少しづつでいいんだと思います。)

これが、最近やっと、私がわかったことです。

私含め、ひとり、ひとりが「自分は社会のチームメイトの一員!」と思って、
ますます、自分の能力を遠慮なく発揮できる世の中になったら、多分もっともっと豊かで素敵な
社会になるんじゃないかな、と思います。

そう思うとすっごく楽しみで、変な遠慮や謙遜遠慮や謙遜なんかしている場合じゃないですよね(^^)。

私も一歩一歩、進んでいきます。
いつかあなたの能力が必要な時はぜひ力を貸してください。
私の能力が必要な時は、いつでも言ってください。喜んで協力します。(^−^)。

===

参考までに・・・
私はキリスト教徒では無いし、どこか特定の宗教に入っていませんが、
姉がクリスチャンの学校に通っていたので小さい頃から良く聖書の話を聞いていました。
聖書の中で今回の内容にとても合う面白い話があるので、興味のある方のためにご紹介します。

マタイによる福音書25章14〜30節
『 「天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕(しもべ)たちを呼んで、自分の財産を預けた。
 それぞれの力に応じて、1人には5タラントン、1人には2タラントン、もう1人には1タラントンを預けて旅に出かけた。

早速、5タラントン預かった者は出て行き、それで商売をして、ほかに5タラントンを儲けた。

 同じように、2タラントン預かった者も、ほかに2タラントンを儲けた。

 しかし、1タラントン預かった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいた。
 さて、かなり日がたってから、僕たちの主人が帰って来て、彼らと清算を始めた。

 まず、5タラントン預かった者が進み出て、ほかの5タラントンを差し出して言った。
『御主人様、5タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに5タラントン儲けました。』

 主人は言った。『忠実な良い僕(しもべ)だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』
 
次に、2タラントン預かった者も進み出て言った。
『御主人様、2タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに2タラントン儲けました。』

 主人は言った。『忠実な良い僕(しもべ)だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』
 
ところで、1タラントン預かった者も進み出て言った。
『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、
 恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠しておきました。御覧ください。これがあなたのお金です。』

 主人は答えた。『怠け者の悪い僕(しもべ)だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。
 それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。
 さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、10タラントン持っている者に与えよ。

だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。
 この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』」


私はクリスチャンではないので、本当のところの意味は分かりませんが、
この、「タラントン」というのは、「talant」であり、英語の「タレント(能力、才能)」の意味だ、とも言われているそうです。

なかなか面白くて深いお話ですよね。
posted by 3Way at 14:29| Comment(4) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつも メルマガ 楽しく読ませて いただいてます.
今 ありがとうネットでも お世話になっていまして私の日記に タラントンの 話 載せさせていただきました.

ありがとうございます☆
優美子*ゆみちゃん*です.
Posted by Yumiko at 2009年03月04日 01:36
ひろこさん、いつも心に響く話をありがとうございます。

自分のもの、他人のもの、
とても分かりやすい視点が意識に落とし込めました。

最近ブログを見つけて読み始めさせてもらってるんですが早速ひろこさんのファンになってます^^

ありがとうございます♪
Posted by 松本竜弥 at 2009年03月04日 02:09
>Yumikoさん

こんにちは(*^-^*)☆
とても嬉しいコメントを、どうもありがとうございます(^^)。

タラントンの話は、聖書の話なので、「引用するのどうしようかなぁ?宗教の人と想われるかなぁ?」と一瞬躊躇したのですが、yumikoさんがありがとうネットの日記に書くほど気に入っていただけたなんて、とても嬉しいです。(^−^)。

これからもどうぞ、宜しくお願いします。
ありがとうネットでも宜しくお願いします♪(←最近サボリ気味ですが(滝汗!!))
Posted by 3Wayフクモト at 2009年03月04日 13:50
>竜弥さん

こんにちは!
いつも、素敵なメッセージをありがとうございます〜!この間も素敵なメールのお返事を!
ありがとうございます(^^)。

しかも!いち早くブログ引越しに気づいて書き込んでくださるなんて、嬉しいです。

>早速ひろこさんのファンになってます^^

光栄です!私も密かに竜弥さんのファンです♪

また遊びに来てください(^−^)♪☆
素敵な書き込み、ありがとうございました☆☆
Posted by 3Wayフクモト at 2009年03月04日 13:52
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